秋好院長ブログ
NHKチョイスシリーズ1 グルー治療について
投稿日:2021年3月24日 カテゴリー:お知らせ
NHKの健康番組「チョイス」で下肢静脈瘤が特集されました。放送内容に関しての質問が多数寄せられていますので、この場を借りて回答したいと思います。
第一回はグルー治療についてです。
グルー治療に関して当院のスタンスを最初に申し上げると「当院でもグルー治療は可能です。ただし、性能が今ひとつなので現時点ではレーザー治療が優れている。」ということになります。
グルー治療のメリットは局所麻酔注射の回数が少ないのと伏在神経障害が起きにくいというものです。医療機関側・厚労省側・保険組合側のメリットしてはレーザー本体の数百万円に及ぶ設備投資がいらないというものです。
局所麻酔のための注射の回数は確かに減ります。それは間違いありません。ただ、もともとそんなに気にならない人が多いのが現実ですので、よほど神経質な人を除けば現実的なメリットはほとんどありません。どれくらい「神経質な人」にとってメリットがあるかといえば、ワクチンや採血や歯医者の治療の際のチックンやチクリでも卒倒しちゃうような人であればメリットはあると思います。
もう一つの伏在神経障害に関しては専門的な話になります。下腿においては伏在静脈と伏在神経が伴走しているため、伏在静脈を焼灼すると伏在神経も影響を受けます。その結果として足首の内側あたりに軽度の知覚鈍麻がおきます。ただし、下腿の伏在静脈を焼灼するのはうっ滞性潰瘍があるケースがほとんどであり、知覚鈍麻が起きることによってむしろ速やかな除痛が得られます。足首の内側に潰瘍があるような場合にはむしろ意図的に伏在神経障害を狙うことすらあります。神経ブロックをかけたのと同じ効果があるのです。従って、レーザー治療による伏在神経障害は重症患者にとってはむしろメリットとなります。(無料で神経ブロックを受けたのと同じで速やかに痛みがとれるから。)実際、末梢神経挫滅術というのは血管外科における古典的手術であるスミスウィック手術として知られており、保険収載もされています。(ただし、かなりマニアックな手術になるので、血管外科医でもごく一部しか知らないです。)
グルー治療のデメリットとしてはアレルギー反応としこりによる違和感です。
グルー治療を一言でいってしまうと、アロンアルファのような瞬間接着剤を血管内に注入して静脈瘤を固めてしまう治療です。瞬間接着剤そのものと静脈瘤は永遠に残ります。(レーザー治療の場合は半年から一年で静脈瘤が吸収されてしまいます。)この瞬間接着剤がアレルギーを引き起こすことがあり、赤く腫れたり、周囲に炎症を引き起こしてしこりとして感じられると報告されています。しこりによる違和感もかなり長い間続きます。違和感だけであれば、我慢すればいいだけと思うのですが、重篤なアレルギーを引き起こした場合には下肢全長を切り開いて摘出が必要な場合があります。こうなると傷跡が永遠に残り、何のための低侵襲治療だったのかわからなくなります。
このようなメリットとデメリットを比較すると当院ではグルー治療に関しては積極的には行っていないのが現実です。そもそも、多くの血管外科医が「あんな治療意味ない、あれを患者にやるのは良心に反する」とボロクソに言っている治療を、物珍しさだけで患者に売り込むべきではないと思います。NHKチョイスも治療法の紹介に偏りがないように紹介しただけであって、本音は別のところにあると思います。医療の大原則として「First, do no harm. (患者に害を与えてはならない)」というのがあります。より良い結果を求めてリスクを冒すことと、物珍しさや話題性でとりあえずやってみる、というのは同じリスクであっても峻別するべきです。前者のリスクは本当に困っている人や見捨てられている人を救うことができますが、後者のリスクには何の意味もありません。
保険収載されたとはいえ、グルー治療についてはまだまだ様子見でよいのが現実だと思います。公平を期して申し上げれば、当院も将来はグルーを本格導入するつもりです。ただし、そのためには1)複数の企業がグルーを販売して企業間の公正な競争が維持されること、2)企業から寄付金を受領した一部のクリニックや学会の宣伝活動だけでなく、きちんとした学術協議を経ること、3)器具自体がもっと細くなり、レーザー治療よりも低侵襲化すること、が条件となります。レーザー治療導入初期(2009年頃)はこれらの条件が満たされず、現在でもその頃に都内でレーザー治療を受けた湘南地域の患者さんの相談に乗っているのが現状です。同じような歴史を繰り返さないためにも、導入には慎重であるべきと考えます。