秋好院長ブログ
夏休み前の反省
投稿日:2019年9月9日 カテゴリー:下肢静脈瘤について, 日記, 血管外科について
下肢静脈瘤クリニックは夏が繁忙期です。暖かくなると静脈瘤によるかゆみやむくみがひどくなる上に、半ズボンやスカートを履くので指摘される機会が増えるからと思われます。今年はお盆休み返上で働き続けました。そのかわりに9月にしっかりと休みをとります。
今年の夏は「下肢静脈瘤による皮膚炎をどうやって予防・撲滅するか」ということをテーマにしました。
今回はこのテーマについての反省を述べてみたいと思います。
1.下肢静脈瘤はほっておいてもいいことはない。
下肢静脈瘤は多くの人が持っています。下肢静脈瘤手術には保険が使えます。
ただし、むやみやたらと保険を使うと下肢静脈瘤だけで保険が破綻するので一定の制限(保険適応)がかけられています。また、つい10年前までは入院手術がメインだったため、担当の血管外科医が多忙を極めていると下肢静脈瘤の手術は後回しにされるために、よほどの重症でないと手術が必要とは判断されませんでした。
下肢静脈瘤による皮膚炎の患者を診察すると奇妙な事に気が付きます。多くの皮膚炎患者で過去に受診歴があるようです。
軽症の時に受診して、まだ手術は必要ないと言われる>>>そのまま10年以上もほっとく>>>皮膚炎になったり、潰瘍になって他医を受診する。
というパターンがあるようです。
ここで前医を責めるのは筋違いです。前医は受診時点での判断には責任を持ちますが、その後の経過にまで責任を持てません。
また、日本の社会保障制度や海外の成書を含む多くの医学書は65歳程度の寿命を想定しています。60歳代で受診した場合、数年で寿命となることや立ち仕事が減ることを前提に判断されます。したがって、受診の時点でよほどの重症でない限りは手術の判断はされません。
ところが、現在の日本の平均寿命は83.98歳です。しかも、かなり元気で立ち仕事をしている人もすくなくありません。60歳代で受診した場合、20年程度の余命があることを織り込んで診療しなくてはなりません。
現在の日本の超高齢化社会では、長生きによる皮膚炎や潰瘍の可能性を織り込んで判断しなければならない、と実感しています。
2.現時点では専門医によるストリッピングかレーザー手術がもっとも効果的
下肢静脈瘤の治療はストリッピング術がメインでしたが、現在はレーザー治療に置き換わりつつあります。現在のレーザー治療はストリッピング治療とほぼ遜色ありません。
ストリッピング術は抜群の根治性を誇りますが、きちんと専門的にやると経験が必要な上にそこそこ難しい、しかも痛い、という欠点があります。この欠点を補うために、高位結紮や硬化療法などの治療が過去には試みられました。保険でも認められています。しかし、再発率も高く、色素沈着や潰瘍などの合併症もあるので廃れていくと思われます。
下肢静脈瘤による皮膚炎を生じた方には過去に硬化療法や高位結紮が行われているケースがあります。このような場合には治療がやや複雑になることがあります。再発する上に後々の根治術が複雑になるのでやらないほうがよいと当院では考えています。ちなみに当院では全くやっていません。
3.皮膚炎症例や皮膚潰瘍症例に限れば明らかにレーザー手術がストリッピング術より優れている。
ストリッピング術は抜群の根治性を誇り、あらゆるタイプの静脈瘤に対応可能な素晴らしい手術です。ただし、痛いことと傷がつくことが欠点です。
痛みに関しては麻酔方法の工夫などでなんとか対応できますが、傷だけはなんともなりません。小さくすることは出来ますが、ゼロにはできません。
皮膚炎症例や潰瘍症例ではこの傷が大きな問題になります。下肢静脈瘤の影響によって皮膚に炎症が起き、正常な治癒力が障害されてかゆみで掻いた時に出来るちょっとした傷が治らなくなって潰瘍ができるわけです。そこにストリッピングのためにやむをえないとはいえ傷をつけると傷が潰瘍化することがままあります。また、高度な皮膚炎のためにガチガチに癒着したケースではそもそもストリッピングが不可能であることもあります。このような場合ではストリッピングの根治性が失われます。
レーザー手術では傷がつきません。点滴用の針をさして、その中にカテーテルを入れるだけなので、切り傷がつかないのです。したがって、穿刺場所を選ばずに伏在静脈の逆流範囲を完全に処理できるので根治性が失われません。
もう一つのレーザー手術のメリットは手術の時期を選ばないことです。従来のストリッピング術では圧迫療法で潰瘍をいったん治してから手術することが勧められていました。だいたいで3ヶ月程度はかかります。しかも、手術後にストリッピング術の傷が潰瘍化するともはやエンドレスです。
しかし、レーザー手術ではすぐに手術可能です。潰瘍があればすぐに手術をしてその後に圧迫療法を開始すればいいし、傷が潰瘍化することはありません。潰瘍の治りも圧倒的に早いようです。
潰瘍症例に対するレーザー手術の長期成績はこれから出てくると思われます。ただ、潰瘍のある患者は早く潰瘍を治して痛みを無くしてほしいわけですから、長期成績はともかくスピードに重点を置くべきと考えます。
4.レーザー手術にはもっと改善・発展の余地がある。
レーザー手術は下肢静脈瘤治療を身近なものにしてくれました。一方で、ストリッピング手術と比べて技術の習得が容易であるがゆえに、不十分な知識で手先の技術だけを習得していい加減な治療をしているクリニックや医師も見受けられます。先日の静脈学会ではこの問題が大きく取り上げられました。
血管外科医側の反省として、前述のように下肢静脈瘤の治療に手が回らなかったことがあります。破裂性腹部大動脈瘤や下肢壊疽の治療の合間にやらざるをえないのでやむをえないとはいえ、不適切な医師やクリニックが出現する余地を与えてしまったのは間違いありません。そのようなクリニックが不適切な治療を行うことは問題ですが、血管外科医の数が不足しているのは厳然たる事実であり、本来の専門家である血管外科医だけではここまでレーザー治療を一般化させて入院手術から日帰り手術への転換を図ることはできなかったと思われます。この問題は血管外科医側がよりよい治療をより多く行うことで全体のレベルを引き上げるしか解決方法はないと思われます。また、そのような医師やクリニックの存在を理由にレーザー治療の発展が阻害されてはなりません。レーザー治療にはまだまだ多くの可能性があり、そこに目を向けることの方が重要と思われます。そのような問題にとらわれて血管外科医側が杓子定規な治療や萎縮した医療を行えば、そのときこそ血管外科医が患者の信頼を失うのではないかと思います。
どうでしょうか。真面目に書いたのでやや専門用語が増えてしまいました。
今後もきちんとテーマや目的を持って、クリニックの存在が地域医療にとって意味のあるようなものにしていきたいと思います。